(・ω・)/こんばんは!プチトマトです☆
いつもは一条工務店のi-smartⅡを建てる家ブログを書いているんですが、今回は娘がADEM(急性散在性脳髄膜炎)になった話③をしたいと思います。
本日その娘が無事に(?!)自転車にコマなしで乗れるようになりました👏
今はとても元気に動き回っている娘ですが、4年前はこんな風に元気になってくれるとは思ってもいませんでした。
次の日、息子を幼稚園に送ってからすぐに紹介状を書いていただいた大きな総合病院へ行きました。
駐車場についた段階で、もうぐったり。
お姫様抱っこの状態で待合室で呼ばれるのを待ちました。
その間20分ほど待ったか、もしかしたらそれよりも短かったかもしれません。けど、とてもとても長く感じたのは確かです。
長椅子で座っていて意識朦朧な娘に必死で話しかけているんですが、待合は整形外科の前。
明らかに整形ちゃうやろ!!!!と内心いら立ちを隠せないまま長椅子に座っていました。
診察室に呼ばれ、入った瞬間「どうしたの?」と言われ、「整形外科に紹介されたから来たんです。けど、違う気がするんです。」というと、
「ちょっとお母さん、○○(もう一カ所大きな総合病院)いこか。今から紹介状かくわ!!大丈夫か?!ひとりで行けるか?!救急車で行くか?!」
もうこの段階で私、涙が止まりません。どうしたらいいかわからなくて。
けど、車を置いて行くわけにもいかないので、頑張って行きますと伝えて、紹介状を出してもらいました。
「今すぐ行ったら受付ギリギリ間に合うと思うから、事故せんように行くんやで!」
と先生に言われ、看護師さんには「お母さんがしっかりせなアカンから、頑張って!!ツラいけど頑張って行きよ!」と言われ、もう泣きながらハンドルを握りました。
20分くらい運転したんですが、その間娘にずっと話しかけながら運転していました。
私の体はガタガタ震えが止まらないし、娘はほとんど声掛けに反応しません。
もう意識がほとんどないような状態だったと思います。
今思い出しただけでも体が震えるくらい。。。。
駐車場に着いて、娘を抱えてダッシュで受付に行きました。何とか間に合い、あとは診察を受けるのみ。
ですが、診察を受けるまでこれまた30分以上かかった記憶があります。